Wisdom.108

‟錠”

落語に、「眼鏡屋の泥棒」というのがある。ある眼鏡屋のまえで、泥棒がはいる相談をしている。小僧がこれをきいていて、「節穴からのぞこうとしているな、よし」とばかり、節穴に将門眼鏡という、物がいくつにもみえる眼鏡をはめこんでおいた。泥棒がのぞくと、小僧がたくさん手習いをしている。びっくりして相棒にかわると、そのまに、くだんの小僧が顕微鏡にさしかえておいたので、小僧がたちまち仁王さまのように大きくみえた。「これは化物屋敷だ」と相棒はたまげた。そこでいよいよ泥棒の親分がのぞく。そのとき小僧は、遠眼鏡をさかさにしてはめた。親分いわく、「こりゃ妙だ、とても仕事はできねえ。」「どうしてです」「奥まではいるうちに夜があけちまう」。

 

落語には泥棒の話が多い。むかしはそれほど、泥棒が多かったのかもしれない。しかし、この話のように、商家のようなものでさえ、そとからのぞきみられる節穴だらけの構造だった。そんな家だから、泥棒が入ろうとおもえば、どこからでもはいれたのであろう。シェルターとしての日本の家の構造は、まことにたよりないものだった。そこで小僧は、必死になって、商売道具の眼鏡をつかって、泥棒を追っぱらったのである。

 

このようにシェルターが不完全であれば、とうぜん、泥棒にはいられる率もたかくなるが、かといって、錠前もおろしにはできない。たとえば、京都府警察本部しらべによる、ある年度一年間の京都府下の「侵入窃盗」を原因別にみると、一位が「戸締り忘れ」で31.2%をしめ、ついで「ガラス破り」が18.6%、「錠破り」が10.2%、「錠あけ」、「施錠なし」がそれぞれ8.8%となっている。「戸締り忘れ」などのほかに、錠の不完全なものが、30%ちかくもあるのをみれば、やっぱりかんがえさせられる。錠にちょっと注意するだけでも、泥棒をふせぐことができるのだ。

 

わが国に、錠といわれるものが登場した歴史はいがいに古い。法隆寺を建設したときの資材帳には、「鑰肆(やくし)拾口、鏁子(さし)参拾口」の記録がある。鑰肆は門の鍵、鏁子は蔵の鍵とされるが、これらは、当時、大陸との交渉のうちに、中国から導入されたものであろう。ところがそのあと、わが国では、鍵と錠とは、ほとんど発達しなかった。

 

多少とも、一般庶民のあいだに錠が普及したのは、中世から江戸時代にかけての町家の蔵が、おそらく最初であろう。この蔵の錠の多くは、和錠といわれ、「海老錠」とか「太鼓錠」とかいう種類があることからもわかるように、さまざまに装飾化されたものであった。蔵がつくられるようになって、はじめて日本製の錠が考案されたものとみられる。ところが、そのころ、蔵やぶりがあとを断たなかった。ということは、これらの和錠が、あまり役にたたなかったことをしめしている。みかけは立派だが、じっさいに泥棒の侵入防止ということにたいしては、あまりじょうぶなものとはいえない「日本的な構造」のものであった。それは単なる「封印のシンボル」であり、また商家の「富の象徴」でもあって、西欧的な意味での機能的な錠というには、だいぶんへだたりのあるものである。

 

富の収納庫である町家の蔵でさえ、この調子であるから、一般庶民の家にいたっては、鍵つきの錠などとは、およそ無縁の生活をしていた。いまでも農村へいけば、錠などのない家が多い。農村はひとつの閉ざされたコミュニティーであるから、それもよいとして、しかし一般の町の住宅では、いったいどうしていたのだろうか。そのこたえはいたってかんたんだ。というのは、町家では、家のなかにかならず人がいて、だれかがかえってくると、なかから閂(かんぬき)や心張り棒をはずしてあけてくれあたのである。丁稚(でっち)や番頭、女中が、常時、寝とまりしているし、としよりはたいてい家の主として、めったに外へでない。どうしても一家で家をあけなければならないときは、留守番をたのべば、ことたりた。このような事情は、第二次大戦前まで、基本的にほぼかわらない、わが国の庶民住宅における、防犯行動様式であったといってよい。なかに人が住めない蔵だけが、錠を必要としたのだ。

 

戦後は、このような事情がだいぶんかわった。それは、戦前型家族制度の分解、すなわち、核家族の登場である。いつも家をあける核家族には、適当な留守番がない。そうすると、いきおい鍵と錠にたよらざるをえない。京都市では、侵入窃盗の発生多発地帯は、都心からどんどん郊外へと移動する「ドーナツ化現象」をしめしているが、それはみごとに核家族の生成分布と一致しているのである。

 

それにしても日本の錠前は、和錠の伝統をひいて、錠としてはあまりにも安物で粗雑なものが多い。もっとも最近は、シリンダー錠からナイトラッチ、文字あわせ、電子キー、電子ロックまで、いろいろ新型のものも登場したが、たとえ錠が立派になっても、日本の家屋そのものが、泥棒からみれば、どこからでも侵入できる構造になっているのだから、しまつがわるい。じょうぶな錠がかかっていれば、台坐のねじをはずす。ねじがつよければ、建具ごとはずす。それもだめなら、屋根瓦をめくっても、縁の下にもぐりこんでも、侵入することができる。ガラスはもちろんのこと、なかには「敷居はずし」から、「壁やぶり」というものまである。はいろうとおもえば、どこからでもはいれるのが日本の住宅なのである。

 

そこで日本では、むかしから家の防犯対策は、鍵をかけることではなく、戸締りすることとされてきた。鍵はもちろんのこと、窓の「掛けがね」や「差しこみ」から、雨戸の「落し」、各戸口の「心張り棒」、「釘さし」にいたるまで、すべて念いりにみてまわるのだ。玄関の鍵をしめるのは、それらをチェックした最後の、「封印のシンボル」をするのにもふさわしい行為なのである。また日本の警察は、防犯の要諦として、「開けにくく、破られにくく、入りにくく」という。「開けにくく」が鍵や錠のことをさしているのなら、「破られにくく」は戸締りのことだろう。「入りにくく」とは、犬や防犯ベル、近隣コミュニティーなどの存在をさす。警察が、「丈夫な鍵より釘一本」というのも、そこらに売っている安物の鍵なら、泥棒はいとたやすくあけることができるが、家人が工夫してうった釘は、泥棒といえどもてこずるからである。

 

もちろん、これはふつうの木造住宅の話であって、鉄筋コンクリートのアパートメントやマンションになると、はじめて西欧なみの「鍵一本で戸締りできる生活」をあじあうことができる。ところが、このような防犯上堅固なアパートメントやマンションに泥棒がはいると、しばしば居なおられてしまうことが多い。防犯上堅固ということは、いったんなかへはいられてしまうと、逆によわくなる。つまり、なかの物音も外へきこえなくならである。おしいった泥棒も「窮鼠猫をかむ」のたとえで、人をみたら逆にひらきなおってくるから、しまつがわるい。こうして、しばしば殺傷事件までひきおこすのである。こうなってくると、防犯上もろい日本の住宅を、たんに鉄筋コンクリートづくりの頑丈な家にたてかえればいい、とだけかんたんにはいえなくなってしまう。

 

そうすると、さきにのべた、「開けにくく、破られにくく、入りにくく」ということのほかに、もうひとつ、つけくわえなければならないことがあるようだ。それは「逃げやすく」ということである。なかに人がいるとき、泥棒がはいってきたら、まずは大声をだして逃げだすのである。むかしから、そのときには、「火事だ、火事だ」とどなればよいといわれる。その効果はとのかくとして、なにはともあれ、逃げだすことが第一だ。なまじ泥棒にむかっていこうなどとかんがえると、むこうも必死、「生兵法は大けがのもと」になりかねない。

 

その点、一般の日本の木造住宅は、シェルターとしてはすきだらけではあるが、逆に逃げばにはこと欠かない。裏口からでも縁先からでも、すぐ逃げだすことができる。問題はアパートやマンションであろう。アパートやマンションには、裏口というものがほとんどない。窓からとびおりられるのは一階だけである。たのみはバルコニーであるが、ここも、隣りとのあいだに、厳重なしきり板がはめられているばあいが多い。最近は、これを、いざというときにやぶることのできる、うすいものにするように指導されてきているが、それでも、バルコニーにいろいろなものがおかれていたりして、緊急のばあいに、役にたちそうもないものを多くみかける。

 

それでは防犯上からかんがえて、これからは、いったいどういう住宅がいいのだろうか。シェルターとしてのすまいを、そのでいりの難易さからかんがえてみると、つぎの四つの型にわけることができるだろう。

 

①木造住宅型=はいりやすく、でやすい

②マンション型=はいりにくく、でにくい

③鼠とり型=はいりやすく、でにくい

④逆鼠とり型=はいりにくく、でやすい

 

とすると、以上のべてきた防犯対策からみれば、このいちばんさいごの「逆鼠とり」型が、のぞましい住宅のシェルターである、ということができる。そのためには、まず第一に、戸口にしっかりした錠をつけ、第二に、家中のあらゆる開口部の戸締りを厳重にし、そして第三には、近所のたすけあいをかんがえておくことだ。電柱に防犯ベルがかかっているだけで、泥棒は敬遠するという。ここまでが「はいりにくい」ということである。そして第四に、「でやすい」構造をかんがえる。すなわち、玄関のほかに、裏口や勝手口、ふろば口などをもうけること、アパートやマンションも、かならず表、裏にバルコニーがあって、隣家のバルコニーとつながっていること、などが必要である。

 

しかし、かんがえてみると、それはただ、防犯のためだけではない。地震、火事といった災害にたいしても、重要なことである。都市がますます過密になってくる今日、個々の日本のすまいも、安全対策について、つねひごろから十分こころしておかなければならない。それがいまや、現代から二世紀にむかう日本のすまいの、ひょっとしたら、いちばん大切なことかもしれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

参考文献:『日本人と住まい』(上田篤/岩波新書)