Wisdom.106

‟垣”

文学者の室生犀星氏は、日本の庭づくりを論じて、永年の庭しごとの経験と、文学者のするどい観察眼から、その究極は垣(または垣根)や塀のデザインにある、といいきっている。

 

氏の説によると、人がはじめて庭をもったときに、最初にこるのは、植木だそうである。あれもこれもと、いろいろの樹木を自分の庭に植えて、人はいっときの満足感をおぼえるが、そういう所有欲にかられた行動というものは、充足されるとやがて飽きがくるものだ。兼好法師も、いやしげなるものとして、「庭に木の多い」ことをあげているように、本人はたくさんの木を所有していて満足かもしれないが、そばからみると、ゴテゴテした木の多い庭は、いかに人工的に手入れされていようとも、あるいは手入れをされればされるだけ、かえって成金ならぬ成木趣味に見えて、すっきりとした感じをあたえない。主人のほうも、いまさら植えた木を切りもならず、そのうちに心は木からはなれて、石のほうにうつってゆく、というのがつぎの段階なのだそうである。木とちがって、表面的な変化や自己主張の少ない石は、主人の心のおもむくままに、あっちへ動かされ、こっちへ動かされして、しばらくは主人の芸術的創作意欲を満足させてくれるが、いちおうそれらの石もおちつくところへおちついてしまうと、もうすることがない。することがないだけではなく、やがて人工的に庭をいじること自体が、だんだん馬鹿らしくなってゆく。むしろ、庭には樹木や草をかってにぼうぼうとはやして、ときおり庭にでてみると、おもわぬ草花や虫などを発見し、小さな生命とのふれあいに心なごむことのほうが、よりこのましくおもわれるようになる。手入れのゆきとどいた公園より、自然の雑木林をこのむ心境である。つまり、庭の本質は、築山山水庭より雑木庭にある、というわけだ。ただそのばあい、樹木は草はのびるにまかせて、刈りこみなどの手いれをやらないが、まわりの垣や塀をととのえておくことだけは大切である、と氏はいう。その理由は、まず第一に、雑然さの美学のなかにも節度と緊張感が必要だということにある、とおもわれるが、もうひとつの理由は、人は庭というとすぐ木や石に心をうばわれがちだけれども、視覚的には、借景となるこれらの垣や塀が、視覚のかなでいちばん大きなウェイトをしめる、というのである。たしかに、大きなスペースのとりえない私たちの住宅の庭では、いわれてみればそのとおりだろう。垣や塀のデザインが、まわりと不調和なものにならぬよう細心の注意をはらえば、庭はエコロジカルな自然のままにおくのがよいというのは、ひとつの卓見かもしれない。

 

このことは、道路から住宅をながめたときにも同様である。道路からみたときに、まずだいいちに目にうつるのは、道と家とのしきりになっているこれらの垣や塀だからである。もちろん、道路に近接して二階がたっているときには、それもまた大きなウェイトをもって視野にとびこんでくるが、そのばあいも、生垣がなかったら、住宅地はどんなにか殺風景にみえたことだろう。さまざまな竹垣がかもしだす風情はすてがたいものがある。竹の形の単純で直線的な美は、かえって近代建築にもマッチさえしているのである。極端なことをいうと、家のデザインが少々程度の悪いものであっても、垣のデザインさえしっかりしていれば、それはけっこうみられるものなのである。

 

その例のひとつを、むかしの武家屋敷にみることができる。武家屋敷は、格式や防衛上の理由から、一般にまわりに白壁や土塀をめぐらすが、なかの家そのものはいたってお粗末なものが多い。武士はもともとそんなに富裕な階層ではないからだ。おなじ町にある商人の町家建築などにくらべてみると、家のなかにつかわれている材料は、柱にしても梁にしても、たいへん質素なものである。ところが、その建物の貧しさを土塀がかくす。さらに、侍はその俸禄によって、家の大きさがまちまちであるが、まわりにめぐらした土塀のおかげで、その不統一をかくし、一種独特の美しさをもった家中町を構成する。塀のもつ一種の魔術である。もし、これらの侍町から塀をとりさったら、それらの家いえはみすぼらしくて、とても直視に耐えないものであろう。

 

垣や塀が、家のデザインを左右する大きな要素であるというのは、日本の住宅の一大特色である。というのはもともと欧米とくにアメリカの住宅などには、ふつう垣や塀はないものだ。あるとき、アメリカの住宅事情を視察してきた私の友人が、「これからは、日本の住宅に垣や塀をつくるのはよそうや」といいだした。欧米の住宅なみに、隣や道路との境に垣などはつくらず、青あおとした芝生がつづく気持のよい庭にしようというのである。猫のひたいほどの庭にしがみついて、チマチマした垣や塀をはりめぐらすのは、いかにも心のせまくわびしい日本人の習性ではないか、とその友人は力説するのだが、しかしそうはいうものの、その友人自身も、みずから主張するその案を、なかなか実行しえないでいる。

 

しかしそれはむりもない。もともと、欧米と日本のすまいの構造が、根本的にちがっているからだ。たとえば欧米では、玄関ドアから内側が、家であるのに、日本では、垣根のなかが、もう家になっている。感覚としては、庭も家のうちなのである。それだからこそ、むかしから日本の住宅では、壁につづく玄関のドアは、みるからに頑丈で、そのうえしっかりした鍵を二重にも三重にもかけて、じぶんの家の庭にたいしてさえ、厳重に区切りをつけている。それに玄関と裏口以外に、家と庭をつなぐ出入口はないのが一般だ。日本の住宅の縁側などという気のきいたものはないのである。とすると、欧米の住宅の家の内外を画する壁が、日本の住宅では、じつは垣になっている、といってよい。そういう意味では、庭をもつ一般の日本の住宅では、垣や塀などは欠かせないものなのである。

 

しかし、おなじ戸外のしきりでも、たとえば垣と塀とでは、その機能も、うける感じにも、だいぶひらきがある。もともと日本語でかきというのは、土塁や木石等によって堅固にきずかれた土地のかこいのことを意味した。そういうかきは、三世紀ごろの日本の国情をつたえる『魏志倭人伝』に、倭の女王の卑弥呼の宮殿を評して「宮室、楼観、城柵を厳に設く」としるされているから、そうとう古くからあったにちがいない。また、中世の動乱時代にも、土塁でかこまれた村のことを「垣内(かいと)集落」とよんでいたから、かきが、障壁を意味する語例は、一部には、だいぶんのちのころまでのっこんでいたようだ。

 

ところが、仏教の伝来とともに、中国から牆(しょう)垣(えん)すなわち大小の練塀や、籬(まがき)などの洗練された工作物がはいってきた。そして日本では、前者を垣(かき)とよびならわすようになった。塀は土、煉瓦などをつみあげたかこいをさし、もっぱら寺院や貴族の住宅などにもちいられたが、一般の庶民には、その後も、武士階級などの一部の例外をのぞいては、あまり普及しなかった。塀という日本語が、もともと「土でできた目かくし」といわれるように、内部をのぞきみることさえゆるさない塀のもつあのつめたい表情が、日本人にこのまれなかったからであろうか。あるいは、塀をつくって防御しなければならないほどの財宝を、庶民はもちあわさなかったからかもしれない。

 

むしろ庶民がおそれたのは、盗賊や異教の襲撃よりも、死者の霊魂の再来がもたらすと信じられた災厄のほうであった。霊魂では、いくら塀をたかくしてみても、その侵入をふせぐことができない。それよりは、死者の魂をしずめる霊験あらたかなお札の一枚も門口にはっておいたほうがよい、という考えかたが、ながらく庶民の意識の深奥を支配していたようだ。神社の神域には、しめ縄に紙垂(しで)をくくりつけたものをはりめぐらすことにより、霊魂を封じこむ、というのも同様である。このしめ縄は、いわば「日本の垣」の考えかたの原型のようなものであろう。つまりしめ縄でも垣でも、容易に内部をみすかすことも」できるし、またこれをのりこえようとおもえば、かんたんにのりこえられる。それは、一種の領界をしめすしるしとして存在するものなのである。障壁と結界(寺院の内部で内陣=聖なる世界と、外陣=俗世界とを区ぎる木柵)-それが今日の塀と垣をわける性格の基本的なちがいであろう。

 

ここで柵のことについてもふれておかねばなるまい。柵はもともと木を垂直にならべ、これに横木をとおした防御のためのしきりを意味したが、いまでは木柵、鉄柵のほかに、金網などをはったフェンスもそれにふくめてかんがえられている。垣にくらべて、障壁としての機能性を多少もつものであるが、もっとも障壁といっても、柵はもともと西欧では、牛や羊などの家畜をとじこめておくために発達したものであり、日本でも、むかし「駒よせ」とよんで、馬場のまわりにはりめぐらした木柵をさしたことをかんがえば、人間の侵入にたいしては、あまり役だちそうにないのかもしれない。

 

さて、日本の垣は、泥棒の侵入はもちろん、視線の完全なさまたげにもならないが、逆に、「垣間みる」という言葉があるように、隣どおしの視線の交錯をあまり気にしない日本人の習性には、適合したものであったろう。むしろ、隣り近所と隔絶されることの不安、「隣り百姓」といわれるように、たえず他人をみならう集団心理が、防備よりも情報におもきをおく垣を発達させたものかもしれない。日本の警察でも、防犯上は、塀より垣のほうをすすめているくらいである。

 

その日本の垣が、今日、生垣、つまり生きた灌木を列植えにして、家の内外のしきりとするものに発達してきていることは、注目にあたいする。生垣のよさは、庭の区画を意識させず、道路や隣りの庭までも借景にとりこんで、庭をひろく感じさせるところにある。一方、道ゆく人にたいしては、四季おりおりの木々の変化に心をなごませるという点で、まことにしたしみぶかい囲障(いしょう)ではある。芭蕉の「よく見ればなずな花さく垣根かな」という句が、日本人の垣によせる情をよくあらわしているが、そういうことをかんがえあわせると、欧米流に庭の垣をなくして、ひろい芝生にしなくても、どうやらよさそうだ。日本には日本の生活空間のよさがあるものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考文献:『日本人と住まい』(上田篤/岩波新書)